1998年4月29日〜5月2日
会社を明日から連休にして、夜大滝村まで行く。1時までに下降点に着くには9時には家を出る必要がある。夜の出発を予定している日はいつものことだが結局忙しい日となる。
ゴールデンウィーク直前とは思えない陽気に、谷間での寒さへの心配は薄らいだ。しかし代わりに1日汗ばむことになり、このまま山の4日間に突入する気がせず風呂に入り頭も洗う。さっぱりして9時20分に家を出発する。
第三京浜、環八、関越道と特に混んでいる所もなく10時40分に花園インターを下りた。あとは国道140号線をひたすら秩父方面に向かう。実はこの140号の行き先が、1週間前から「秩父方面」から「山梨方面」に変わっている。
雁坂トンネルが開通したのは4月22日で、当日の朝の新聞を読んで知った。埼玉県奥秩父の大滝村と山梨県の笛吹川支流の西沢渓谷とを、雁坂峠の下をくり抜いた全長6キロメートルのトンネルが結ぶ。計画から30年、着工から20年の難工事だったらしい。悲願の道というが誰の悲願なのか。一般国道で最長のトンネルだそうだ。
トンネルが未開通であれば、その地に用のある人しかその道を使わない。大滝村も、登山者か釣り人しか訪れない静かな村だった。開通するとその地に用の無い人がやってくる。大滝村に用の無い人が村に排気ガスとゴミを捨てにくる。
予想通り140号線は騒々しかった。今までの入渓の前夜は、どこも人里はなれ、車もほとんど通らない林道の道端で、星空を仰いでビールを飲むことが常であった。今の140号線は、真夜中の行楽の車が騒音をたてて走り抜けていた。天狗岩随道の手前の道端に車を止め、トンネルの明るすぎるナトリウムランプと車の騒音に耐えながら2時少し前ににシェラフにもぐり込んだ。
5時30分に起き、6時に下降。
降り口は目印など何もないが、踏み跡は無数にある。迷いようの無いルートではある。寝不足の体に20キロの荷物が目眩を起こさせ、ときどき足元がふらつく。20分ほどかかって100メートルを下降し滝川の支流豆焼沢に降り立つ。初めての滝川だ。
その場所で朝食をしていると、上流から2人連れが高巻きながら下りてきた。背中のザックにマットとテントがくくり付けられている。「一緒に行きませんか」のお誘いを断り先行を勧める。
朝食を終わり豆焼沢を合流点に向けて下る。50mもなく本流合流点に着く。前の2人が竿と仕掛けを出している。仕方がないので断った上で先行する。竿は出さずひたすら登る。無名沢、沢小屋沢の出会いの滝を見て9時を過ぎ、小休止しパンをかじる。竿を出しても小さなヤマメがかかるのみ。本流は、渓相は抜群だが釣れない。後ろから2人が追いついてきた。竿をたたみ遡行に専念する。
壊れた吊り橋を過ぎてから淵が大きくなる。本流は、滝は無いが廊下状の淵が多く、水量が多いと泳ぎが必要になりそうだ。何回か股まで水に入っての通過を強いられる。さすがに腰まで入るのは寒い。高巻きをすると20kが重く息が切れる。曲沢は出会いに小さな滝をかけていた。12時過ぎに右側から少し登ったスペースにザックを置き、竿だけ持って沢を上る。小さな滝を連ねた沢である。途中小さく左と右に巻きながら登る。イワナは2年モノ程度があがるだけ。ナメ滝を越したところで2時をまわる。
3時に曲沢出会いに戻る。これから今日の寝床を探しながら金山沢を目指す。再び20kを背負い本流を登る。曲沢、金山沢間は距離も短く谷も険しくない。途中沢が左に大きく曲がる右岸に幕営可能な河原を見つけた。が今はともかく金山沢出会いを目指す。程なく大きな淵で本流と出会う金山沢出会いになる。一瞬息を呑む大きさの淵である。それでも本によると一昔前に比べ大分埋まってしまっているという。明日のルートを確認して先程の幕営地まで戻りテントを張る。
金山沢下にて
相変わらず朝は苦手である。テントの外が既に明るくなって大分経つのは十分承知していても起きたくない。今年は連休といえども寒くなく実に過ごしやすい夜だった。それでも朝は眠い。
6時になりシェラフをはい出る。今日は金山沢を上り、昼過ぎにテントに戻ってから槇の沢出会いまでベースキャンプを移動する予定。あまりゆっくりしていると槇の沢への移動が大変になる。コーヒーを飲んで眠気を覚まし、朝食にする。
結局、支度が完了し金山沢を目指して歩きはじめたのは8時になる。金山沢は出会いから滝とゴルジュの連続で暗い印象だった。ポイントで竿を出すと小さいイワナが掛かってくる。じっくりノンビリと沢を上る。この時間が良い。7〜8mの滝で左岸か右岸か悩んだ。右岸の草付きを登りはじめたが上流に大きなガレがあるのに気付き諦める。左岸の岩場にルートを求めると多少冷や汗だが難なく登れる。下りは大きくガレも一緒に右岸を高巻いてしまったほうが楽かもしれない。
ナメ滝をすぎると岩の多い急な登りとなる。ポイントで竿を出しながらどんどん登る。イワナは8寸が2尾ほど。
しばらくいくと、少し開けた谷間となる。突然、前に釣り人が現れる。じっくりさぐっているようなので追い越さず昼飯にする。テントに戻って槙の沢入口まで移動することを考えるとここまでとする。
下りは予定通りゴルジュの手前から右岸の高巻きに入る。せっかくなので簡易アイゼンを付ける。ガレを巻くのに思ったより高くルートをとる。踏み跡は無数にあり逆に困る。ガレの崩れはじめの5m程上を越えるとあとは、あまり下ることを考えずなるべく明瞭な踏み跡に頼る。
藪がなくなる。どうも本流まで一気に出たようで、踏み跡もジグザグに下りていく。下りでアイゼンの爪がスパッツに引っ掛かり転ぶ。一回点して踏ん張り体を止めたが左手親指に血が。勢いよく血玉ができて流れだす。流れまで下りて汚れを洗い、バンドエイドをきつく巻く。金山沢出会いを50m程下った地点に出た。テントまでは直ぐである。
テントをたたみ出立の準備ができたのは3時になる。意外とヤバい。
金山沢出会いの淵を左から越えすぐに右に渡り、へつって小さいゴルジュを越える。腰までの徒渉を繰り返しながら槇の沢出会いを目指すが、本流は右に左に蛇行するだけで、支流の出会いの雰囲気を感じさせる枝尾根がなかなか現れない。槇の沢は左から流れ込むので谷が右に曲がるところを期待するが左からの支流は無い。
5時に近くなり強行軍にバテてきた。どちらにしろそろそろテン場を探さねば、と思いはじめた時に、岩の間を右から流れ込む沢が出現した。水量は1:1位ある。もしやと地図で確認する。なるほど、地図では本流が右へ蛇行しているところへ槇の沢が流れ込むのだが、見様によっては槇の沢が真っ直ぐ流れ、本流が右から合流するとも見える。やっと槇の沢出会いに着く。案内の通り、槇の沢に入ると直ぐにテン場の適地があった。
槙の沢出会い
疲れた体に鞭打ち、テント張り、ビール冷し、足回りの片付け、イワナのさばき、夕飯の支度と頑張る。昨日と異なりビールを飲んでるうちに辺りは薄暗くなってくる。ぎりぎりセーフってところか。
テン場の近くに倒されたタラの木に小さい芽が多く付いていたのを取りコンビーフと一緒に炒める。うまい。イワナ汁もうまい。骨酒もうまい。今日も言うことなし。
今日も朝はゆっくりと支度をする。コーヒがうまい。
今日は槇の沢を登り詰め下りてくるだけなので楽である。
8時にテントを出る。しばらく広い河原が続く。朝日にあたり新緑が目にしみとおるような美しさである。しばし言葉を失う。体の中からむずむずとした感動が沸いてくる。
この広い河原で下ってくる釣り人とすれ違う。「この先の滝まで行ってきたところ。釣れない。帰りは槇の沢出会いの左岸を急登すると古い林道がある。一度本流を横切り金山沢から国道に出る」とのこと。その言葉の通り、河原は朝日がふりそそぎ、釣れない。ペースを早めて登っていく。しばらく河原を行くと滝とゴルジュになる。右側から巻く。最初の滝を巻いたまま次のゴルジュも左岸を踏み跡をたどって行くとまた河原になる。
初めのゴルジュ入り口
再び歩きやすい河原が続く。イワナは小型があたるのみ。しばらく渓を楽しみながら登る。
渓を登る角度が少し急になってきて、落ち込みが多くなってくる。八百谷との合流点になる。ここで8寸前後が続けてかかる。出会いのすぐ横の大きな淵ではバラしてしまう。
合流点すぐ上には古びた吊り橋が掛かっていた。この道は廃道で吊り橋小屋に続いていたと言う。廃道に少し入って見たが10m行かないうちに踏み跡は分からなった。
本流を少し登ると8mの滝にぶつかる。
第2の通らず
巻き道を探すがよくわからない。吊り橋まで左岸をたどってみたが目立った踏み跡を発見できない。3時も過ぎているので今回はここまでとする。テントまでの下降も西日に映える緑が美しかった。
今日はひたすら帰るのみ。
テントをたたみ、支度が完了すると9時近くになった。来た時に支流と思った岩の間からの流れ込みを登る。入口は右をへつると難なく通れる。本流はこの辺りまで来てもまだ大きな流れだ。
両岸が切り立つ深い谷ではあるが割と広い谷底が続く。箱淵を過ぎしばらく行くと、大きな岩に倒木がかかり、その上から水が落ちる淵に着く。真ん中に突き出している倒木に乗ってから岩にはいづり上がるコースで行くことにする。1回はいづり上がりそこね倒木に足が付く。ザックも重く冷や汗である。ここで滑っては股うちになる。何とか岩に上がり安堵。
淵の上に人がいた。二人。一人は竿を出して釣っている。その向こうに吊り橋の残骸。釣橋小屋に着いた。10時過ぎだった。釣の支度をしている方に挨拶をする。朝から山道を来たとのこと。初心者同伴でこれからどちらに行くか迷っている、まだ2人が降りてこない。帰り道は、ガレ場をひたすら上に登っていくと山道がある、かなり登るとのこと。ここの高度はほぼ1000m、地図によると山道は1300mになっている。ここで休憩し足の支度をすることにする。
釣橋小屋を見に行く。ぼろ家でごみ捨て場となっていた。入川の柳小屋は同じくボロだが、釣り人が大切にしているのと少し異なる印象である。
10時半。足に簡易アイゼンを付け、水をペットボトルに入れてガレ場を登りはじめる。アイゼンのおかげで滑ることも少なく、余計な力を使わなくて済む。踏み跡は無数にあるが迷わず直登のルートをとる。大分登った感覚で高度計を見ると100m程度である。かなりしんどい。1時間半ほどして1300mまで行かないところで踏み跡がヤブの中に消えている。
あとは踏み跡のしっかりした山道が2時間近く続く。突然目の前が開け、人の手が入った場所となる。林道工事の終端のようだ。車のほとんど入らない林道をしばらく行くと、国道140号が見えはじめた。もう少しだ。
国道140号
開通した直後の週末であり、ゴールデンウィークであり車の通りが多い。秩父経由は、ダム横の一方通行のトンネルでの渋滞が目に見えるようである。山梨に抜けることにする。雁坂トンネルを抜けて笛吹き川東沢に出て、そのまま勝沼インターを目指す。一路横浜へ。
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