滴る樹液 〜カエデ糖〜
2017年11月1日
(この記事はイタヤカエデの「こぼれ話」として掲載していたものを、手直しの上引っ越したものです。
いろいろ話題が膨らみ、「こぼれ話」にしては量が多くなりすぎたので。)
カエデ類は一般に春のある期間、樹液の内圧が高くなる。
まだ芽を吹く前に枝を切ると、切り口から樹液がしたたるのを見ることができる。
よく、春になったので芽吹きのために水を揚げている、といった主旨の説明をされることがある。
しかし、樹木が水を吸い上げる大きな動力源は葉からの蒸散であり、
葉がまだ1枚も無いときにそのような力がどこから来るのか不思議だった。
そもそも春になったことを何をもって感知しているのだろうか。
カエデの仲間は、春の一時期に樹液を大量に採取でき、
それを煮詰めると蜜になり「カエデ糖」が採れることは広く知られている。
特にカナダの国旗にもなっているサトウカエデは有名で、
その蜜はメープルシロップと呼ばれケベック州の特産品となっている。
少し違うが、日本ではシラカバの樹液が北の観光地でのお土産になっている。
カナダの国旗 北海道土産の白樺樹液
C.W.ニコルさんの「アファンの森」の管理をされていた松木さんは、
ウリハダカエデの蜜が一番美味しいと言って、
毎年春に採取し薪ストーブで煮詰めてメープルシロップを作り楽しんでいた。
樹げむ庵には目通りで径20cmくらいのイタヤカエデがあり、2012年3月に樹液の採取を試みたことがある。
根元近くにドリルで10mm弱の穴を開けると、見る見る穴から樹液が滴り落ちるのに驚いた。
ビニールパイプを穴に挿し、反対側を2リットルのボトルに差しておくと、ものの1時間で一杯になった。
舐めてみるとほんのりと甘い、というか微かに甘く感じた。
薪ストーブの上で一昼夜煮詰めてみたが、薄い砂糖水ができた程度だったので、シロップ作りは諦めてしまった。
同じカエデの仲間でも樹液の濃度にかなり違いがあることが分った。
そこで自分なりに、春に樹液の内圧が高くなる原理を確かめることにした。
このイタヤカエデの、根元近くと1mと2mの高さにそれぞれ穴を開け樹液を別々に採取した。
幹の上中下のそれぞれの位置で、糖類の濃度を知りたかった。
お世話になっていた日大の造林研に分析をお願いすると、結果は予想どおりだった。
つまり2mの位置で最も糖の濃度は高く、1m、根元と濃度は下がった。
糖としてはショ糖、ブドウ糖、果糖が抽出できたようだ。
中でもショ糖の濃度が最も高く、上部から1.6%、1.2%、1.0%の濃度分布だった。
実は測定前にある仮説を立てていた。
春先のカエデの水揚げは浸透圧によるとすると、樹体の上部にいくほど樹液の濃度は高くなる。
だからシロップを作るならばなるべく上の方から採るべきである、と考えた。
その仮説が正しかったと勝手に思っている。
1カ月後、4月に入って再度幹に穴を開けたがもう樹液は出なかった。
樹の外見上の変化は何も無いのに、樹液の内圧は通常の圧に戻ってしまったようだ。
春のカエデの樹液の滴りの謎は深まるばかりである。